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私のトライアスロンストーリー

My Debut Story

サトウフミオ - サトウフミオ の場合 -
トライアスロンをはじめたきっかけ

「カッコいいロードバイクが欲しい」が「ホノルルトライアスロンデビュー」宣言に!!

運動不足歴14年。腰痛持ちの小太り40歳、お盆にヒドいギックリ腰をやった私はなにか運動をやるキッカケを探していて、自転車はどうかなあ、カッコイイロードバイクが欲しいなあと思いたちました。そこで、既にトライアスロンに出ていたり、これから出るという友人達がいたので相談を。そして数週間後に初レースを控えていた友人と一緒に何軒か専門店をまわったのですが、なかなかこれだっていうのが決まらない。すると彼が「サトちゃんの欲しいイメージのバイクはアスロニアで見た。」と言うのです。で、いざアスロニアへ。アスロニアは今までの「素人を相手にしない感じの自転車専門店」とは違い、ブティックのような店。お店の方々もフレンドリー。

そこにありました、私好みのロードバイクが。あれよあれよという間に、その場の心地よさとノリだけで発注しちゃいました。でもその時点ではまだトラアスロンに出ようとは思っていませんでした。だって遥か昔の学生時代、ラグビーを少しだけ一生懸命やってもう一生分走ったと思ってたし、30歳前後に2回ほど病気で入院して以来『スポーツ否定派』だったんですから(笑)

ロードバイクを待つこと10日。その間にLサイズのバイクウエアと靴を買いそろえました。そして納車&初バイクを大井の練習会にあわせました。でもねえ、整備不良の1970年式の身体が動きません。お尻は痛いし息も絶え絶え。

それでも乗り物好きとしてマシーンを手に入れた嬉しさの方が強く、ツイッターで納車報告してるうちに、「トライアスロンやる」と言わないといけない雰囲気が。。。。結局勢いで「翌年5月のホノルルに出まーす」ってつぶやいちゃいました。

トライアスリートになるまで(大会デビュー)

ホノルルまで待てない!!お正月のNZ大会にエントリー。

翌木曜日、初ATA。

始まった瞬間にすごいことに気づきました。そういえば水泳って20年ぶり。案の定、全くついていけない。25m泳ぐたびにゼイゼイ。「先に行ってください。」の連発。

20年間水泳をやらなかったのは、そんなに得意じゃないから自然と避けていたという事に気付く。と同時にこんなの750mとか1500mとかできんのか?とも。地獄かこの世の終わりかとおもいました。その日は自分のふがいなさに悔しくて、悔しくて。仕事の合間にインターネットで泳ぎ方を調べまくって、その日の夜またプールに行きました。落ち着いて泳ぐとさっきより少しだけ楽になったかなと思いました。

それから1ヶ月はスイム/バイク/ラン、何をやっても辛かった。でも体重も落としていきたかったので週に6回必ず練習しました。スイムで初めて1500m連続で泳げたり、バイクのお尻が痛くなくなったり、ランで10km走れるようになったりと、2ヶ月経つ頃には少しづつ体が動くようになって来たのが実感できました。

体重も5kgほど減って、体脂肪率も肥満カテゴリーを脱出。それでふと思いました。日本はもうシーズンも終わり。来年のホノルルまで待てない。早くレースにでてみたいなあと。

だったら四季が逆の南半球なんじゃないかなあ。南半球と言えばニュージーランド。日本語で調べても全く出てこないので英語で調べると出てきました。しかも正月休みの1月3日にあるじゃないですか、レースが。

トレッキングが趣味の妻に、「海外で山登り」を餌に一緒に行く事を取り付けてカメラマン確保。だって初レースですからね!記念写真が必要です。

まずスプリントの距離で大会エントリーして航空券も確保。個人旅行のエキスパートである妻が、スケジュール作りとホテル・レンタカーの手配をやってくれました。

チームの仲間が自転車ケースを貸してくれるといってくれました。ネットで出会ったNZ在住のアイアンマン夫婦、堀さんもメールでアドバイスを下さいました。

一歩一歩旅を組み立てていく。まさにトライアスロン。

練習にも力が入り、調子に乗って欲張りになり、オリンピックディスタンスにも追加エントリーしてしまいました。ところが、ニュージーランドはほとんどのレースで時間制限があることがわかり、少し焦って練習をハードにした矢先に不幸がおこりました。

11月中旬の朝ラン中に股関節とお尻の筋肉を痛めて歩くのも痛いという大変な状態に。鍼灸/カイロ/スポーツ整形外科などあらゆることを試しましたが、痛みが引かないまま時間ばかりが過ぎて12月上旬も終わりました。

あきらめかけ、旅行自体もやめようかとも思いましたがどうしても初レースと旅への思いが断てず、12月中旬に旅行自体は行くことにしました。なんとかスイムが出来るようにもなったのでリハビリとスイムだけをやっていました。

まだ患部に違和感が残る20日すぎ、「海で泳ぐ練習としての出場でもいいや」と思ったら心が決まりました。

出場は当初通りスプリントの距離にして、途中棄権を覚悟で出るだけでて、やれるとこまでやってみよう!痛くなったら棄権すれば良いし、時間制限があるけど焦らないでいこう。

残り10日間は痛くならない範囲で軽く練習をしていくことにして、レースの2日後に計画してるトレッキング「トンガリロ・アルパインクロッシング」も歩ききろうと決めました。

そして大晦日の晩、妻と自転車とともに飛行機に乗りました。到着した夏のニュージーランドは温かく過ごしやすく体がほぐれていくのを感じました。

大会当日

棄権を考えたスイムから、気持ちいい〜!! のゴールまで。

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前日にオークランドから会場の町ファンガマタまでの150kmをレンタカーで移動し、夕方登録を行いました。レースキット一式をもらい「ああ来ちゃったなあ。」と実感がわきました。

海はどうかな?サマーホリデーを過ごすリゾート地と聞いていたので勝手に遠浅の海を想像していた私の目に飛び込んで来たのは、白い波がザップンザップン、サーファーが波乗りをしている姿でした。

げ!!ここを泳げと。。なにはともあれ試し泳ぎってことですが、ウエットをホテルに置いて来ちゃったので水着で海に入り、水温の低さにさらに心が萎えました。

ぶっつけ本番か練習するか悩みましたが、波も高いし学習学習と周りを見回す。

小学生が泳いでいたので様子をうかがうと彼らは白い波を潜ってかわしていたのでそれを真似してみる。ぶくぶくぶく。3回やってさらに心が萎えました。

「明日は朝だし波も低くなるだろう!」と前向きに考えて会場を後にしました。そういえば海で泳ぐのって生まれて初めてだった。(苦笑)

当日。

5時に起床(日本時間午前1時)。お餅粥を食べレースに備えます。自転車を積んでいざ会場へ。波をチェックする。げ!!昨日と変わらないじゃん。それに気温も水温も低い。。。

不安120%でトランジションへ。もろもろ準備を完了しウエットを着て海へ。日本人皆無なのでこの間の会話は、隣のNZ人とゼッケンベルトの正しい付け方談義のみ。

不安と英語力の弱さとニュージー訛りのトリプルパンチで説明なんか全く聞き取れません。スイムコースの回り方が逆になったらしき空気を読んで念のため個人的に質問。

スタートまで5分。海に入って波の高さを再確認しさらに気持ちが萎える。

情けない40歳。不安150%。

周りは本気モードのニュージーランド人ばかり、息子でも良い年齢のティーンエイジャーばかりだなあとか思ってるうちに笛が鳴っちゃった。

よし!波のないところまでは平泳ぎで、波は潜って越えるしかない。ほかの選手達がガンガン泳ぐのを見送りながら、波を一つ潜って越える。ぶくぶく。はぁはぁ。不安200%。

3回くらい波をかわしたあたりで「もう無理」と思いました。でもレスキューのボートは1台くらいで合図が遅れる距離じゃない。そうこうしているとまた波が。正直言って4、5回棄権しようと思いました。

でもその時頭をよぎったのは、「せっかく自転車持って来たのに乗れないで帰るなんて悔しすぎる。ケース借りた仲間にも申し訳ない。」って事。波がまだ来るので平泳ぎしていたら、3分遅れスタートの女子選手に追いつかれ、頭を思いっきり蹴ってしまいました。これがバトル?とか思いながらクロールに切り替えました。

帰りは帰りで岸に近づくと今度は背後から波が襲ってきます。そうなるとまた安全策で平泳ぎになっちゃって3割くらいしかクロール出来ずになんとか生還。男子スイム最下位。

 

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時間を見ると足切りにあうにはまだ余裕があった。

 

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バイク乗れるな。バイクは好きなので喜びながら自分のバイク以外皆無のトランジションへ。

おちついてウエットを脱ぎながらバイクスタート。

上り坂があるものの、ここはニュージーランドの大自然の道。気持ちいい〜!!と思うと自然とスピードが出た。気持ち良さを実感したあたりでなんと男性1人を抜く事ができた。

折り返し地点を回りながら時計を見ると、このペースで行けば足に不安を抱えたランにもかなり時間的余裕が作れるとわかり完走への手応えがでてきました。

バイクが終わり、トランジションへ。

 

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少し無理して靴を脱いだせいでふくらはぎがつりかけましたが、まあそこは愛嬌。一番不安だったはずのランでしたが、ランのスタート時点で不安は全く無くなっていました。とにかくゆっくりペースを守って行こう。

幸い、コースの脇は芝生だったし半分は砂浜のコース。柔らかい大地を踏みしめる感覚を楽しみながら走って行きました。砂浜は基本的に一般の人と混ざって走るコース。

散歩の人々に声援を頂きながら走り、気持ちのいいランでした。

2周終わってゴールに向かいます。ゴールには、使い慣れない一眼レフを手に妻が待っていました。もう少し走れたかな?ぐらいの気持ちのいいゴール。

スイムが苦しかっただけに、バイクとランがより楽しめた初レースでした。ゴール脇の少年が「GOOD JOB!!」と声をかけてくれました。

 

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レース後の清々しい気持ちと完走したことをツイッターで仲間に報告。こんな気持ちいいのって何年ぶりかなあ?

それから半日の間ツイッターには日本の友人達からおめでとうメールが相次いでとても嬉しく感動しました。

ホテルでも町でも大会Tシャツを着て歩いていたら、「出てたの?レースどうだった?」と声かけてもらいました。

その後2日間はタウポでカヤックやトレッキングをやって、アクティビティと絶景の連続に怪我の事なんか忘れちゃってたなあ。

トライアスロンに導かれたニュージーランドという国。

この国はすばらしい自然と人々のホスピタリティにあふれています。トライアスロンが無かったらいつ来ていたか?あるいは来ないまま一生を終えたかもしれない。

「絶対また来る。」そう誓ってオークランド空港を後にしました。

 

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トライアスリートになってみて

自分なり40歳なりのマイペースを作る事の大切さ 

ビリから2番目、スプリントディスタンスを1回経験しただけの私なのでまだまだトライアスリートなんてお恥ずかしい。ですが、NZでの初レースは本来の目標だった2011ホノルルのオリンピックディスタンスへの良いステップになったかと思います。
今回は単独での出場でしたがホノルルは仲間がたくさん出る大会。みんなで盛り上がるという醍醐味を味わいたいと思います。あの高い波の初レースを通して、心が極限まで追い込まれてもあきらめなければ乗り越えられるんだという事を学びました。
怪我で不安な大会でしたけど、完走できるかわからなくても飛び込んでみて途中棄権だって恥ずかしい事じゃないと思ってしまえば誰だって一歩踏み出せるはずです。

そして、練習計画やレース選びなど、自分なり40歳なりのマイペースを作る事の大切さも感じました。確かに身体に負荷をかけないと能力はあがりませんけど、休んで回復させる事もものすごく大事で、特に40歳をこえるとそのあたりの調節が大事なように感じます。
腰痛は少しずつ改善して来てはいますが、これからもおつきあいしながらのトライアスロンになるかと思います。けど、日々頭を使いながら調整していくようになりました。

また、トライアスロンは競技を通して知り合う仲間の前向きな生き方にものすごく刺激を受けます。かっこ良く年を重ねている先輩方もたくさんいます。色んな人や国、町に会わせてくれる。そして新しい自分にも出会える。それがトライアスロンの魅力じゃないかと思います。
あとは、その人のバックグラウンドとかが関係なく丸裸にされてしまうのがトライアスロン。40歳超えてレース前に緊張しておどおどしちゃうみたいなのって、格好悪いけど後になってしまえば笑い話ですよ。
目指したいのは「激ゆるトライアスリート」です。年に2〜3回レースに出られればいいやと思っています。夫婦共通の趣味であるトレッキングも大事にして行きたいし、他のアクティビティもやりたいので。
トライアスロンとも絡めて海外に行くきっかけにもなるし、最初でこりごりだったので波の少ない南国でのレース中心で行きたいです。
 トレーニングをしていればMサイズになった身体も維持できると思いますので、締まった身体の中年を目指したいものです。

これからトライアスロンを始める人たちへのメッセージ

ただ一ついえるのは、早く始めた方が良いってこと。

きっかけなんて何でも良いんです。バイク欲しいから、海外でレースに出たいから、友達がやってるから、挑戦したいから、痩せたいから。
ただ一ついえるのは、早く始めた方が良いってこと。
1歳でも若いうちに始めた方がより楽しめると思うので、明日アスロニアに行きましょう。
数ヶ月後、必ず新しい自分に出会えるはずです。 

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