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私のトライアスロンストーリー

My Debut Story

アマノ トシユキ - アマノ トシユキ の場合 -
トライアスロンをはじめたきっかけ

トライアスロンを始めたきっかけ

t_amano01.jpg私は静岡から毎日1時間少々をかけて磐田まで電車通勤をしています。


昔はタフさを売りにしてきた私も年々体力がなくなってきていることを実感していました。そんな時、NHKスペシャルで「B‘z」の特集を見ました。

ヴォーカルの稲葉さんの音楽に対する取り組み、コンサートツアーに向けた準備、徹底した体調管理など、その音楽に打ち込む姿は本当にすばらしかった。

そして、稲葉さんが私と同じ年であることを知り、衝撃を受けるとともに、ライバル心が生まれてしまいました。(超メジャーな方を相手に大変恐縮です)でも、本当に刺激を受けたのです。このままでは駄目だと。

フィジカルからもう一度鍛え直そうと思ったのです。

さっそく、磐田駅近くにあるスポーツクラブアクトスに入会、トレーニングを始めました。

そして、1年ぐらいが経った頃、日本経済新聞のある記事が目に飛び込んできました。

その記事は、これも同じ年代の社長さんがトライアスロンを始め、その魅力について紹介しているものでした。

「トライアスロンは苦しむスポーツではない。大自然のなかで全身から汗をかくと、1年間の都会生活でたまった毒素をすべて吐き出すような爽快感がある」

この言葉は非常に印象的で、強く感じるものがありました。

その後、白戸太朗さんや本多直之さんが書かれた本なども読み、だんだんと私の心のなかで、「トライアスロンにチャレンジしてみたい」という気持ちが芽生えていきました。

トライアスリートになるまで(大会デビュー)

トライアスリートになるまで(大会デビュー)

t_amano02.jpgトライアスロンをやってみたいと思っても、どうすればいいかわかりません。

それに、私は十数年前にモーターボートから落水し両足をスクリューで負傷しました。私の足指は十分に動きませんし、右足底はしびれにより今でも感覚過敏が続いています。

そんな足の状態ですので、果たしてトレーニングに耐えられるかどうか、不安もありました。

そんなとき、アスロニアのホームページでホノルルトライアスロンチャレンジに向けたセミナーが開催されることを知りました。

はじめてホノルルトライアスロンにチャレンジする人を募集して月1回の練習会を行い、大会デビューを目指すとのことでした。私はチャレンジへの突破口ができたことが本当にうれしかった。

妻に相談すると、やはり私の足の状態を心配していましたが、了承してくれました。こうして、いよいよトライアスロンにチャレンジする第1歩を踏み出すことになったのです。

 

2011年元旦、近くの神社までランニング、初詣にてトライアスロンチャレンジを誓い、成功を祈願して、本格的な準備に入りました。

 

週4日は仕事帰りにスポーツクラブに寄り、ホノトラチャレンジの岩田コーチが作成したトレーニングメニューを参考に、トレーニングしました。

スポーツクラブが休みの日は、昼休みに走っている職場のスタッフ達に混ぜてもらい、「昼ラン」をスタート、その頻度は少しずつ増えて、最終的には毎日走るようになり、1日に2部練習をするまでになっていました。

 

月1回行われるホノトラチャレンジの練習会では、各種目ごと基本的なことを学び、また参加者の方々との交流により、よい刺激も受けました。

大会当日

大会当日

大会当日は朝4時にホテルからバスが出発することになっていましたので、3時の起床にしたのですが、なかなか寝付けませんでした。

 

会場に着くと、トランジッションの準備などをしてあっという間に時間が過ぎ、いよいよスタートとなりました。

アメリカの国家斉唱があって第1ウェーブのスタートが始まると、雰囲気も独特ですごく感動的でした。そんななか、まわりの知り合いの人達と握手をして健闘を誓い合い、いよいよ私もスタートしました。

自分を落ち着かせようとしながら、ややゆっくり泳ぎ始めました。人とぶつかることも楽しむようにして、ブイを目標に泳ぎました。後半になって、ライフセーバーの水上バイクの波を受け、海水を飲み、少し強くキックしたときに大腿筋がつりそうになって、あわてましたが、全体的にはスイムは順調だったと思います。

裸足ではアスファルトの上を歩くのが厳しいので、パーソナルアイテムとして置いたサンダルを履いてトランジッションエリアへ移動、足をしっかり拭いてからバイクシューズを履いたりしたので時間はかかりましたが、うまくバイクに移行できたと思います。

いよいよバイクです。3種目のなかでも不安が大きい種目でした。

実際にバイクに乗っての練習が多く持てなかったからです。それでも前半は比較的ペースよく漕げたと思うのですが、後半になると風の影響もあって少々きつくなり、上半身もぶれはじめて、お尻も痛くなってきました。ペースもだいぶ落ちていたように思います。

 

ランになりました。

 

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腕時計をみると2時間が経過

「ランを1時間で走れば、3時間を切れる」

今回は完走を第1の目標にしていましたので、記録にはあまり意識はありませんでした。

でも、気持ちのなかに、もしかしたら3時間を切れるかもしれないという気持ちと記録を意識して無理をすると完走できなくなるかもしれないという葛藤があって、前半は迷いながらのペース配分でした。

そして、中間あたりで足に異変が起こり、両足の大腿に張りが出始め、足がうまく動かなくなってきたのです。

暑さもありましたので、完走できないのではという不安が過ぎります。
それでもボランティアの人たちの「グッドジョブ!」の励ましは、そんな私に元気をくれました。

いよいよゴールが見えてきました。

今回のチャレンジで指導を受けてきた平野コーチから「あと1km少し」の声がかかりました。腕時計を見ると、2時間45分、「3時間いける、いくしかない」<でもますます足が動かなくなってきました。

気がつくと、心のなかで、妻と子供たちの名前を呼び、お父さんに力をくれと叫んでいました。必死でした。

 

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そして、とうとうゴール、時間は2時間51分、とにかくうれしくて、うれしくて。

うれしさのあまり、岩田コーチに何度も何度も抱きついていました。

(岩田コーチ、汗まみれのなか、すいません、そしてありがとうございました)

トライアスリートになってみて

トライアスリートになってみて

トライアスリートという言葉、チャレンジしているときはあまり意識はしていませんでした。でも、チャレンジが終わって、完走できて、この言葉の持っている意味というか重さがわかるせいか、自分にとっては勇気を与えてくれる言葉だと思っています。

日本に帰ってきて、普通に生活していると、ホノルルでトライアスロンにチャレンジしたことが嘘みたいに感じることがあります。

また、今回のチャレンジで感謝という言葉の意味が本当にわかった気がしています。

 

今回のチャレンジは、家族の支援や職場の理解がないと絶対に達成できませんでした。また岩田コーチはじめアスロニアのスタッフの方々、ホノトラチャレンジの皆さん、トライアスロンを通じての多くの方々との関わりによって、成し遂げられたと思っています。今一度、家族に、そして多くの方々に感謝の気持ちを伝えたいと思います。

これからトライアスロンを始める人たちへのメッセージ

これからトライアスロンを始める人たちへのメッセージ

トライアスロンはとてもできないという方がまだ多くいらっしゃると思います。

確かに3種目ありますし、距離も長いので、無理だと感じることもわかります。そう簡単にはできるスポーツではないこともわかります。でも、だからこそ、多くの方にチャレンジしてほしいと思っています。

私は1年に1回ぐらい、自然のなかで身体を動かすことを楽しむためにトライアスロン大会に出場するぐらいの気持ちでいいのではないかと思います。

トライアスロンを競技として考えてしまうと、大変だという思いが先行してしまい、気持ちが窮屈になるような気がします。

もちろん、自然のなかで身体を動かすことを楽しむといっても、日々のトレーニングは欠かせないでしょう。

でも、そのトレーニングも自分の生活の一部として取り組むことができたら、どんなにすばらしいことか。

決してトレーニング中心の生活ではなくて、あくまでも生活のなかの1つとして、トレーニングをしていく。

 

トライアスロンにチャレンジすることによって、自分の生活をデザインしていくような感覚を理解してもらえたら、うれしい限りです。

 

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